2023.10.08
「最後のお墓参りかもしれない。」10年ぶりに訪れる出生地へ、はじめての母娘旅
今だからこそできることを。母娘の距離をみなおすための原点へ向かう旅
「86歳になる母を連れてお墓参りに行きたい」という律子さんの想いからスタートした今回の母娘旅。律子さんのお父様は律子さんが幼少の頃にお亡くなりになっており、母・節子さんはまだ幼い長男様と律子さんを抱え、宮城県遠田郡の涌谷町から関東に一家で移り住みました。月日が過ぎて子供たちが独立し、涌谷町に住む両親や兄弟が先立ていく中、気丈に一家のお墓を守り続けてきた節子さん。もう送り出す人はいなくなり、自分が最後。そろそろ墓じまいをして、自分は海に……と考えているそうです。コロナ禍も重なりなかなかお墓参りにも行けず、最後に涌谷町を訪れたのはもう10年以上前。節子さんはまだまだお元気ではありますが、年齢を考えるといつ最後になるとも知れない。一緒にお墓参りをして、母を安心させてあげたい。と律子さんは願っています。
就職・結婚して男の子を出産してからも職場の第一線で活躍していた律子さん。当時、節子さんと同居する選択をしますが、不規則な仕事や家事・育児に忙殺される日々を過ごしていました。一方で節子さんはこれまでとは違う生活への戸惑いや不安を抱えていましたが、当時の律子さんには、節子さんの心に寄り添う余裕を持つことができませんでした。同じ女性であり、母と娘であり、最も近い存在だからこそ、互いに理解し合いたいという想いもありながら、うまく通じ合わないもどかしさが降り積もり、律子さんと節子さんの間には心のすれ違いができてしまいます。そんな母と娘ですから、これまでに二人で旅行をしたこともありませんでした。
月日が経って律子さんのお子さんたちも成人し家庭を持ち、お二人の周辺環境も変化していきます。最近になって同居を解消し生活環境を変えたところ、お互い心地よい距離感ができて、律子さんは長年のわだかまりが少しずつ解けていくのを感じたそう。以前は母をどこかへ連れて行きたいなんて考えもしなかった。素直になれなかったこと、伝えられなかったこともたくさんある。今だからこそできることをしてあげたい。と今回のツアーを企画することとなりました。母と娘、互いに十分成熟したいま改めて関係性を見つめなおし、懐かしい場所を一緒に訪れることで母娘の時間を取り戻します。
一泊二日のお墓参り母娘旅・旅程
〇1日目
07:00 JR東京駅出発(秋田新幹線・こまち号)
10:00 JR角館駅到着
11:00 大仙市の親戚宅を訪問、お墓参りと昼食
13:30 武家屋敷通りを散策
15:00 JR角館駅出発(秋田新幹線・こまち号)~JR盛岡駅ではやぶさ号に乗り換え
18:00 JR鳴子温泉駅到着
18:30 鳴子観光ホテル到着、チェックイン(夕食・温泉)
〇2日目
10:00 鳴子観光ホテル出発、陸羽東線・石巻線で涌谷へ
11:45 JR涌谷駅到着
12:30 涌谷町内のお寺でお墓参り
14:30 喜代松茶屋でランチ
16:00 JR涌谷駅出発(石巻線・東北本線)~JR仙台駅
18:50 JR仙台駅出発(はやぶさ号)
20:30 JR東京駅到着
早朝から新幹線に乗り込み、揺られること3時間。律子さんと節子さんは雨上がりの青空がまぶしいJR角館駅に降り立ちました。当初母娘二人で計画をはじめた旅行でしたが、お仕事の都合がついた律子さんの長男・賢さんと妻の美緒さんも旅をサポートしてくれることとなり、角館駅のホームで合流。新しい命をお腹に宿した美緒さんが加わったことで、一家四世代が一緒にルーツを訪れる二日間が始まりました。
久々に再会した親類に迎えられ、まずは大仙市を目指します。こちらには律子さんのお父様が眠るお墓があり、お父様のご兄弟が暮らす家があります。懐かしい景色に会話が弾む中、再び降り出した小雨を気にすることもなく、全員で手際よくお供えと花を飾りつけていきます。
一人ずつ手を合わせてお参りした後は、お宅に招かれ昼食。たくさんのご馳走が並ぶ中、舌鼓を打つのは地元秋田生まれの新品種ブランド米をふんだんに使い醸造された純米吟醸酒「サキホコレ」。賑やかにお酒も進み、懐かしいアルバムを眺めながら、思い出話に涙をこぼす節子さんの姿もありました。
庭と呼ぶには広すぎる敷地内には、様々な種類の野菜が実る畑が広がっています。
心が重くなった時、目の前に広がる田畑と、遠くに連なる山々と、夜は降るような星空を眺めに来ていたという律子さん。丹念に育てられた野菜たちがのびのびと育つ様を見ていると、不思議と自分のすべてを受け止めてもらえるような、あたたかさと安心感が心に広がっていったそうです。律子さんにとってこの場所は出生地でも育った場所でもないけれど、確かにルーツと言える場所なのです。
ランチの後は「喫茶かじか瀬」へ出発。すぐ裏にある県立角館高等学校の生徒だった俳優・柳葉敏郎さんが学生時代から今もなお通い続けていることで有名なお店です。こちらを経営しているのは律子さんの叔母様。久々の再会を喜びながら、揃って武家屋敷通りへ散策に出かけます。
迎えてくれた親類たちのあたたかさに後ろ髪引かれながらも、一同は本日の宿である鳴子温泉へ向けて出発。「また絶対に来るから」という節子さんの言葉には、今日一日で蓄えられたエネルギーが満ちていました。
世代を超えて。想い出の鳴子温泉と、50年守りつづけたお墓を訪れる二日目/涌谷町
今回のお墓参りの目的地は大仙市と涌谷町の二か所。その間に鳴子温泉を挟んだのは、節子さんが以前鳴子温泉を訪れた経験がきっかけでした。とてもいいお湯だった、と振り返る節子さんへ、「いいなぁ行ってみたい」と律子さんが賛同したことから宿泊先を鳴子温泉に決定。目的地へは少し遠回りになったものの、節子さんだけの想い出だった場所が律子さんや賢さん達の記憶にも新たに刻まれ、世代を超えた想い出の場所に変わりました。
宿で一泊した翌日、鳴子温泉駅から再び電車に乗り、律子さん出生の地である涌谷町に辿り着いた時にはお昼前となっていました。ここでは節子さん方のご親類が集い、寺院の中に建立されたお墓へお参りをしに向かいます。以前、節子さん達が涌谷町に帰ってきたのはもう10年以上前の事です。お互いに元気で再会できたことが嬉しくてたまらない様子で、和やかな空気が漂います。
この場所のお墓は50年以上前に節子さんが建立されたものです。しかし、ここまで守り抜いてきたこのお墓を継承せずに、自分の代で整理するつもりと節子さんは言います。墓守という大役を、嫁いだ律子さんに負わせることも、なかなか来られないこの場所にお墓を持ち続けることもしない、というのが節子さんのお考えです。若かりし頃にご自身で設けられたお墓。その場所を娘さんとお孫さんまで一緒に再び訪れることができ、ほっとした様子で晴れやかな笑顔を浮かべる節子さん。墓石をそっと撫で、その手をゆっくり合わせてお参りをしていらっしゃいました。
二人の間の“心地よい距離感”
お墓参りの帰り道、お寺のすぐそばには律子さんの生家が立っていた場所がありました。現在建物はなく以前の様子はわからないながらも、その場所を訪れた節子さんはしみじみと周りを見渡します。節子さんたちが涌谷町を離れたのは律子さんがとても幼い頃ですから、懐かしそうな節子さんの一方、まったく実感が湧かない様子の律子さんはお母様の様子を見守っていました。
たった二日の間に大移動しながら二か所のお墓参りとハードな行程をこなした律子さんたちは、流石にお疲れのご様子を見せながらも、帰り道で満足げな笑顔を見せてくださいました。その背景には、会いたい人たちの元気な姿が見られたこと、そして節子さんが気がかりだったお墓参りを果たせたこと、二つの達成感が重なっているように見えました。
「母を旅行に連れて行ってあげたい」という律子さんの想いから始まったこの二日間。律子さんにとってそれは大きな第一歩だったはずです。その結果、節子さんは10年ぶりに念願を叶えて懐かしい顔ぶれに元気な姿を見せることができました。
これからもお二人は互いに心地のよい距離を測りながら、母と娘、互いにそれぞれの役割を果たしていくのでしょう。今回、律子さんが歩み寄ろうと踏み出した大きな一歩は、お二人だけでなく、二日間の旅行で再会した人々の目にもしっかりと焼き付いているのですから。
▽今回の訪問先
喫茶かじか瀬 https://maps.app.goo.gl/3uSm3SvXeKgZvcwV6
武家屋敷通り https://www.city.semboku.akita.jp/sightseeing/spot/07_buke.html
鳴子観光ホテル https://www.narukokankouhotel.co.jp/
喜代松茶屋 https://maps.app.goo.gl/cLarinFoxE1ZsRA77